お知らせ

イスタンブールを旅してきました。目的は、ミマール・シナン(正しい発音はスィナン)の建てたモスクやメドレセ・ハマムなどや、ビザンティン帝国時代の聖堂の見学でした。でも、修復中のものもあり、外観すら望めないところも多く・・・ 詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。

2007年10月17日水曜日

東福寺の方丈


東福寺の方丈に行く。同栞によると、
方丈とは禅宗寺院における僧侶の住居であり、後には相見(応接)の間の役割が強くなった。東福寺方丈は明治14年の火災により焼失、明治23年(1890)に再建され  ・・略・・  内部は3室2列の6室とし、南面に広縁を設ける。
広大な方丈には東西南北に4庭が配され、「八相成道」に因んで「八相の庭」と称する。禅宗の方丈には、古くから多くの名園が残されてきたが、方丈の四周に庭園を巡らせたものは東福寺の方丈のみである。作庭家・重森三玲(1896-1975)によって昭和14年(1939)に完成したもの  ・・略・・

ということだ。建物も庭も意外と新しいものだった。方丈は靴を袋に入れて、もって歩く。 東庭
まず南庭から見ていくものらしいが、廊下右側の円柱群が見えた。それぞれ高さが違うくらいに思ったが、北斗七星を構成しているそうだ。円柱の上や砂紋に小銭が置いてあるのを見て、賽銭のように硬貨を投げている人たちがいた。
南庭
建物が大きいので、庭も横長になっていて、全体を撮るのは難しい。その上石がほとんど日陰になっている。この時間は、縁側に座るとちょうど日陰になるので、のんびりしていく人が多い。 石も多いが渦も多い。渦は八海を表しているそうだ。西の端には五山になぞらえた築山がある。 西庭
井田市松と呼ばれる庭。 五月の刈り込みと砂地をくず石で区切り、というのがよくわかる。北側に突き出た通天台から通天橋と、その向こうの臥雲橋が見える。 北庭
小市松と呼ばれる庭で、石と苔(ウマスギゴケ)で市松模様を構成している。昔、方丈のこの庭の写真を見て、実際に視たいと思って東福寺に初めて来た時は、何故か印象が悪かった。苔がきれいでなかったのだろうか。今回はふんわりと盛り上がった苔が良かった。 左の方は規則的に石が配置されているが、右の方はまばらになっている。こんな不規則な方が好みかな。 東北の庭
こちらは重森三玲によって設計された庭ではないらしい。奥の方に燈籠や石仏があったりするが、遠くてよくわからない。 当寺の創建年代にふさわしい鎌倉時代庭園の質実剛健な風格を基調に、現代芸術の抽象的構成を取り入れた近代禅宗庭園の白眉として広く世界各国に紹介されているのだそうだ。