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イスタンブールを旅してきました。目的は、ミマール・シナン(正しい発音はスィナン)の建てたモスクやメドレセ・ハマムなどや、ビザンティン帝国時代の聖堂の見学でした。でも、修復中のものもあり、外観すら望めないところも多く・・・ 詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。

2014年2月3日月曜日

古代マケドニアの遺跡6 ペラ4 アゴラ界隈


ペラは見通しの良い遺跡だった。舗床モザイクの残る貴族の館とアゴラの間にも遺構はあるが、視界を妨げるものはない。

ディオニュソスの館の北側の道路。
ディオニュソスの館の西側の道路との交差点北東の角に説明板がある。
それはこの四角い凹みと丸い穴についてのものだった。
 ペラの給排水設備だった。上の管から流れ込んだ水が壺に溜まっている間に不純物が下に溜まり、濾過された水が下の管から排出されたという。
埋め込まれていた大きな壺が遠くに展示されていた。

『ギリシア古代遺跡事典』は、これらの家屋群の北側に広がるのが、ペラの都市生活の中心となっていたアゴラである。1980年に発掘が始まり、現在も活発な調査が続けられているこのアゴラは、広場の四方を囲むストアとその後方の建物群の部分も含めて、ほぼ10区画分の面積を占める広大な遺構である(東西262m、南北238m)。碁盤目状の都市プランに沿ったつくりになっているので、カッサンドロスによる都市計画と同時に設計されたと推定されている。現在残っている遺構は、前3世紀の第4四半期のもので、フィリポス5世の治世の初期に改修されたアゴラであるという。
邸宅の列の北側にアゴラの南側商店街が並んでいる。
同書は、南ストアには食料品を扱う店舗が軒を連ねていたという。
向こうに屋根の架かっている発掘現場がアゴラの南西角だが、ロープが張ってあり、邸宅にもアゴラにも近づけない。
ただの発掘現場とは思えない、立派な屋根が架けてある。建物を復元する予定でもあるのかな。

考古学博物館にはアゴラの模型があった。
手前の中庭のある3つの区画はディオニュソスの館などの大邸宅の北側の家屋。その北側に南ストアが並んでいる。大がかりな屋根が架かっているのはどの辺りになるのだろう。

博物館にはストアの一つが再現展示されていた。
同書は、東ストアの主門の南側エリアには陶器の制作現場や店舗が軒を連ねていたという。
きっと陶器(土器)屋だったのだろう。

アゴラから出土の奉納石碑
クラテルからテーブルの上の容器にワインを移す若者という。
南のストアの店舗の一つには、こんなワイン屋もあったのだろう。窓の外には客が乗ってきた馬が繋いであったのかな。


道路で切れたアゴラの東南端からアゴラを眺めながら、王宮のある丘の中腹に見える新ペラ考古学博物館へ。

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関連項目
マケドニアの金製品
ペラ考古博物館3 ガラス
ペラ考古博物館2 ダロンの聖域
ペラ2 ディオニュソスの館
ペラ1 円墳を辿ると遺跡に着く
ヴェルギナ2 王宮まで
ヴェルギナ1 大墳丘にフィリポス2世の墓

※参考文献
「ギリシア古代遺跡事典」 周藤芳幸・澤田典子 2004年 東京堂出版