お知らせ

中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2017年12月14日木曜日

タブリーズ アゼルバイジャン博物館


マスジェデ・キャブードから公園を挟んで西側にアゼルバイジャン博物館がある。
入口前には一対の羊の像が置かれている。
耳が渦巻で表された羊は首輪を付けている。

内部は縦長で、中央の通路を挟んで左右にガラスケースが並んでいる。それぞれのケースが時代や地域毎の作品を展示している。

まずは土器から
説明文は、前5-4千年紀に属す土器のほとんどは、幾何学文様や動物のモティーフ飾られているが、広い空白面がある。エスマイラバード、グディン・テペⅢ、シアルク第3層などから出土しているという。
発掘の写真が壁に掛かっている。
大壺 前5千年紀 エスマイラバード出土
この壺には勢いのある植物文様や、縦の波線があって、これまで見てきた土器とは時代が違いそう。タブリーズの鉄器時代の遺構より出土したもの。

分銅 前3千年紀
ウズベキスタン歴史博物館にあった蛇の分銅と同じ類のものなので、クロライト製だろう。
『世界美術大全集東洋編15中央アジア』は、半円形の吊り手のついた形の分銅はバクトリア地方でも発見されるが、むしろイランに多く分布し、さらにメソポタミアのウル遺跡やシリアでも発見されている。制作の中心はイラン東南部のテペ・ヤヒヤだった可能性が高い。テペ・ヤヒヤはクロライト石製品の制作が盛んで、製品や素材の石はスーサやメソポタミアに輸出されていたと考えており、前3千年紀後半の中央アジアからシリアに至る広範な地域に共通の性格を示す石製容器や分銅が出土するという。
両面に同じ文様が浮彫されている。
以前から興味があり、複数の作品が並んでいるまたとない機会なのに、ほとんどがピントが合っていなかった。
2匹の蛇を鷲掴みしている猛禽類。
ウズベキスタン歴史博物館にあった蛇の分銅と同じく蛇。違いは2匹の蛇が絡み合っていることと、透かし彫りになっていること。
生命の樹であるナツメヤシ

ルリスタン地方の青銅器 前2千年紀
杖の柄頭?
上は両腕を挙げる人物、下は馬の後肢のよう。
坩堝と鏃の石製鋳型
同じくルリスタン青銅器
猪の轡鏡板  
ルリスタン地方の轡は動物を象ったものが多いが、猪は初めて見た。
動物の小像が数体、そのほとんどに吊るすための輪が付いている。

リュトン(rhyton) 前4千年紀
博物館の説明文は、形も、金属や石など素材も様々。リュトン作りは先史時代から行われ、動物を象って、繊細で美しい作品に仕上がっている。後の時代には金や銀で作られたという。
コブウシ型では大きい方ではないかな。アルボルズ山脈の北側、カスピ海南岸のギーラーン地方で多く出土していて、『ギーラーン 緑なすもう一つのイラン展図録』ではどの作品も前1千年紀とされている。
大きな角をもつ羊?
大きな体に小さな頭の馬
同展図録のギーラーン州で出土した動物装飾リュトン(前1千年紀)に似ている。

ホダファリン(Khodafarin)地方の出土物
説明文は、アハル郡の北にあり、アラス川に面したホダファリン郡は、東アゼルバイジャン州でも、古く、歴史のある地方である。2007年、ホダファリンダム建設に際し、ホダファリンなど幾つかの場所の調査が行われた。「コラ-アラス」と呼ばれる地方の文化をもっと知るために、これらの場所を調査することが重要である。発掘した箇所は墓であることが多い。突起装飾のある磨研土器、武器、装身具などが出土物である。青銅器時代、鉄器時代、パルティア時代そしてイスラーム時代のものがあるという。
壺 前3千年紀
白い円文が象嵌された土器は三つ足で、片側に一つだけあるた把手に皿状のものが付けてある。
他には3つの容器を連ねた土器や、
貝殻、紅玉髄などの装身具も。
別のケースには
女性像 テラコッタ 前1千年紀 ギーラーン州ロスタマバード(Rostamabad)出土
目は渦巻きで表されているけど、ひょっとして博物館入口にあった渦巻き耳の羊と同じ地域のものだろうか。
『ギーラーン 緑なすもう一つのイラン展図録』が、キャルーラズ遺跡出土の「古拙なつくりの女性像」と呼ばれる副葬土製品は「アムラシュ土偶」の名で今日多く流伝している同型品の形象土器の、あるいは唯一確たる出土事例かも知れないという土偶も目が渦巻で表され、帽子をかぶり、手を胸の前で上下に置いて立っていて、この像によく似ている。

前イスラーム時代の墓 前1千年頃 
説明文は、タブリーズのブルーモスク地下8mより、1999年の考古学的方法により出土した男女の骨。装身具、武器、食物や水を入れる壺や皿などを副葬する、前イスラームの正式な埋葬法であるという。
説明文は、地層の展示目的は、タブリーズの自然と歴史を地層として表すことにある。最近の発見で、鉄器時代(前1500-1000年)に、ブルーモスクの外、8mの深さのところに墓地があることがわかった。洪水、地震も戦争などの地層も見られる。時代によって異なる地層を見せるだけでなく、どの時代にどんな陶器があったのかを示しているという。 
面白い展示方法だ。

前1千年紀 アゼルバイジャン州の出土品のケース

どこかで見たことがあるような形だが、思い出せない。
レンガ 中エラム王国
シルハク・インシュシナク、スーサの王そしてアンシャンはそれをなしたというアッカド語の楔形文字の銘文がある。シルハク・インシュシナクはエラム王国の第3代王で、在位は前1150-1110年。名の意味は、「インシュシナク神によって力強い」。彼は幾つかの神殿を建立したという。
アケメネス朝の壺類について説明文は、青、緑、白またはクリーム色、黒、オレンジ色そして茶色のスリップ(液状の粘土)。金属器が普及してからは、その重要性がなくなったという。
釉薬ではなく、色のついた陶土を化粧掛けしているのだ。

動物形把手付き壺
器体と比べてかなり大きな把手の装飾。尾の長い動物のようだが、胴部の縦溝は幅が広く均一ではないようだ。
同じアゼルバイジャン州で出土した獅子形把手付リュトン(前6-5世紀、岡山市立オリエントビジネス蔵)の方が洗練された形をしている。
犬または羊の頭部の把手付き大型容器

パルティア時代の出土物のケース 都市化-パルティア王朝(前3-後3世紀)
説明文は、高い壁で街を囲むことで、パルティア王朝は偉大な革命を起こした。円柱を使って、イーワーンに広い空間を創り出した。イーワーンは、この王朝の建築に最も特徴的な、黄色、赤、緑、茶色、青色で色付けされた飾りのある漆喰装飾で覆われていたという。
マクー出土とだけ書いてある。鞍を模したものなのか?
組紐で文様を区切るところが、イスラームに伝わったのかなと思いたくなる。

パルティア時代の陶器
説明文は、パルティア時代の陶器は、以前の技術を踏襲している。釉薬が一般的に使用されるのがパルティア時代。容器を高品質に作るために、黄土色の釉薬が使われた。青や緑の釉薬もあった。初期の釉薬は品質が悪く、装飾にのみ使用されたが、後に高品質の釉薬が使用された。瓶、鉢、壺、香炉、棺などを作った。装飾としては、縦線、曲線、三角形、円、そして彫刻されたヤシの木など。施釉が一般的になって以来、線を使った装飾は少なくなる傾向を示しているという。 
上の段には横縞、下の段には縦縞や植物文様?が描かれた容器。その奥の黒っぽいものは、濾し器のようで穴がたくさんあり、持ち手がT字形になっている。
パルティア時代の別のケース
猛禽が牡牛を襲う場面を浮彫した装飾板 
軒丸瓦ではないだろうが・・・
おそらく山羊の装飾のある双耳壺。やっぱり把手の装飾が大きい。

サーサーン朝のガラス容器
説明文は、サーサーン朝におけるイランと中国の交易は、サーサーン朝のガラス製品を中国に輸出し、その後中国を通して日本に運ばれ、宝物として墓や寺院で所蔵されるという事態をもたらした。現在では、正倉院博物館にこのようなガラスの一大コレクションがある。
サーサーン朝ガラスの研究で、2つの技法、型吹きガラスと宙吹きガラスがあることがわかった。鋳造、畝をつける、波状の線をつけるなど、様々な装飾法があるという。
正倉院についての認識はやや不正確だが、日本では地中に埋もれることなく、大事に保管されてきて、白瑠璃碗として透明なままで現存するガラス碗があることがイランでも知られていることは喜ばしいことである。
別のケースにも。
縦に畝のある碗
畝が等間隔ではないので鋳造や型吹きではない。宙吹きしてガラスが柔らかいうちに掴んで畝を作っていったのかな。
厚手の切子碗
どこにピントが合っているのやら
全面切子の割合大きな瓶
そして円形切子碗
大きな円形のカットが4段に施されている。
出土物の中では透明度の高い作品。しかし、外側にピントを合わせれば内側はぼけるし、
内側に合わせれば外側がぼけるし、
そのどちらにもピントが合っていないが、碗の形が分かる写真はこれだけだった。
このような円形切子碗が、サーサーン朝で制作されたか、ローマから将来されたものか、近年の研究で、ある程度わかるようになってきた。
それについてはこちら

突き当たり中央の階段を上がって二階の北東はコインコーナーだった。
右より、アケメネス朝のダリウス1世クセルクセス1世アルタクセルクセス1世
同じくダリウス2世、アルタクセルクセス2世
尚、アルタクセルクセス2世以外はナクシェ・ロスタムに墓があり、名前をクリックすると、その墓が出てきます。

二階は他にイスラーム美術が展示されている。

イスラーム陶器のケース
『イランの彩画陶器』は、東イランやトランスオクシアナでは白い化粧土(スリップ)を胎土の上にまんべんなくかけわたして下地を整え、この上に黒や黄色や緑や朱色などの顔料釉で図柄を描き、最後に鉛を媒材とする透明な釉を全体にかけて、つやのある滑らかな地肌をつくりだしている。
彩画陶器では顔料が溶けて流れることを慎重に避けており、マンガン系統のやや紫がかった黒釉をおもに利用して図柄の輪郭線をくっきりと表わし、これに、緑や黄、朱色、鮮黄などを加えて彩りを添えているという。
白地多彩文字文皿 10世紀 ニシャプール製
『イランの彩画陶器』は、白地の余白を大きくとっているので、簡素ですっきりとした気品にあふれ、余分な色彩のないことが、かえって画面に緊張感と豊かな余韻を与えているのが効果的である。
銘文の内容は、祝福や祈願を表した決まり文句が多く、中には意味のとれないものや、形骸化して文字になっていないものもある書かれた言葉の意味の判読性よりも、画面上での位置やバランスといった、デザイン上の配慮を優先させた場合も多いようであるという。
幅広の口縁部を巡るカリグラフィーが力強い。同じ3文字が繰り返されているが、神を表すアッラーかな?イスラームの美術も好きなのに、いつまでたっても覚えられない。
中心には赤い一筆書きの文様。四弁花を描いているのだろうか。
白地多彩釉鳥文鉢 10世紀
おおざっぱに口縁を黒い弧が巡る。中央に大きく横向きの鳥、鶏冠らしきものが赤く描かれているので鶏だろうが、足は人間のものだ。赤い花も描かれ、それに繋がった控えめな黒い蔓草が、蔓を各方向に伸びている。鶏の下には朱色で太いカリグラフィーが描かれている。
イランの彩画陶器には、このような、というよりももっと不可解な動物が描かれていて、見ていて楽しめるタイプがある。それは総て岡山市立オリエント美術館で見たものだが、このタイプの陶器にイランで出会えて懐かしい思いをした。
気力があれば、忘れへんうちににて後日記事にします。

ラスター彩のケース
説明文は、イスラーム陶器製作の時代は12世紀、セルジューク朝の最盛期とホラズム・シャー朝という微妙な時代。広口の水差し、瓶などが作られ、型作り、象嵌、浮彫などの装飾が施された。陶工は金属職人と競った。ラスター彩陶器、ミナイ手(ハフト・ランギ)、化粧掛け陶器などが、ジョルジャン、カーシャーン、ラアイなどで作られたという。
同博物館所蔵のラスター彩容器については後日
上段はラスター彩、下段はその他の陶器
別のケース
十字形ラスター彩タイル 13世紀 ゴルガーン出土
十字形空色タイル ゴルガーン出土 13世紀
口縁部が少し盛り上がっている。
このような十字形タイルは夜霧の8点星のタイルと組み合わせ、壁面を装飾している。
十字形と8点星を組み合わせたタイル装飾(カーシャーン出土、イルハーン朝、13世紀)はこちら
ライオン像? 13世紀 空色タイル ゴルガーン出土

素焼きタイル イルハーン朝(12世紀後半-13世紀前半) タブリーズ出土
『ペルシア建築』は、ガーザーン・ハーンの宰相たるラシード・ウッディーンは、タブリーズの地に、古代の大複合体をも凌駕するような一つの大学都市を造営した。その中には24のキャラヴァンサライ、1500の店舗、3万の住居があり、各国から集まってくる学者たちのための特別の宿舎も用意され、また病院、施薬所、庭園なども整っていたとのことで、建造物は「堅固さと力強さにおいて」すべての類例に勝るものであったという。
そのどれかの建物の壁面を飾っていたのだろう、おそらく空色や紺色タイルの組紐と共に。
方形空色タイル 13世紀
鹿を追う犬の浮彫。上段には植物文様らしき文様帯。
方形空色タイル 13世紀
ウサギ?を追う犬の浮彫。上段には別の植物の文様帯。

元の青花(染付)
きっとイルハーン朝時代に将来されたのだろう(説明文を写していない)。

石製のランプ
八方に灯りを点して明るかっただろう。

イスラームガラスのケース
説明文は、9-10世紀のサーマーン朝時代に、イランは科学、文学そして工業分野が復活した。当時サマルカンドやニシャプールが重要な都市だった。出土物は、この2つの都市がガラス生産の大きな拠点であることを示している。ニシャプールのカットガラスは、サーサーン朝のガラス製作技術の伝統を受け継いだ最高級品である。イスラーム時代の浮彫装飾は直線的で、形もサーサーン朝とは異なっている。サーサーン朝では円形や楕円形にカットされたが、イスラーム時代では、幾何学文様、植物そして動物のモティーフとなったという。
残念ながら一つ一つ撮影する時間がなかった。

穴の開いた金属器
説明文は、香炉やランプなどの穴の開いた金属器は失蝋法で作られた。この技法では、鋳型に柔らかい蝋と固い蝋をかぶせてあり、熱して溶けた金属を型に流し込む。固い蝋は溶けずに、部分的に穴が開くという。
溶けた高温の銅でも溶けない蝋つてどんなもの?




タブリーズ マスジェデ・キャブード(ブルー・モスク)

関連項目
ナクシェ・ロスタム アケメネス朝の摩崖墓とサーサーン朝の浮彫
正倉院の白瑠璃碗はササンかローマか

※参考文献
「世界美術大全集東洋編15 中央アジア」 1999年 小学館
「正倉院への道-天平の至宝」米田雄介・児島健次郎他 1999年 雄山閣
「ギーラーン 緑なすもう一つのイラン展図録」 1998年 中近東文化センター
「ペルシア建築」SD選書169 A.U.ポープ著 石井昭訳 1981年 鹿島出版会
「イランの彩画陶器」 1994年 岡山市立オリエント美術館