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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2015年9月28日月曜日

シャフリサブス7 ティムールの父の廟と子孫の廟


シャフリサブスでは一番南にあるドルティラワット建築群の続き

ドルティラワット建築群の敷地内には、コク・グンバズ・モスクの大ドームに向かい合うように、小さなドームが2つ並んでいる。
右側の小ドームは修復中で、作業をしている人もいた。その下に装飾のない大きなイーワーンが周壁の外にはみ出している。

コク・グンバズ・モスク側から眺めるとそれぞれにイーワーンがある。

左はシャムスッディン・クラル廟 1373-74年
『ウズベキスタンの歴史的な建造物』は、アミール・チムールの精神指導の首長が埋葬されている。同じ廟で、クリシャラの墓の下の方にチムールの父親ムハマッド・タラガイが改葬された。
当時廟の全面が開いていて、入り口だけがイーワーンつきであった。20世紀まで壁と大理石に浮彫のある墓石の一部しか残らなかったという。 
外側はほとんど新しいものだった。

グンバズィ・サイダーン廟 1437年
同書は、ミルゾ・ウルグベクはドルティラワット共同墓地を整備しながら、クリシャラ廟の南にもう一つのイーワーンとドームつきの廟を建築した。「ウルグベクのマクバラット」といい、廟にはチムール王朝の亡くなった子孫が埋葬される廟となった。15-17世紀の大理石の墓石にはテルメズのセイイドの名前が書き込んでいるから、コクプレックスに新しいグンバズィ・セイドン「セイイドのドーム」という名前が付けられたという。
こちらは扉が開き、入口から墓石と奥の窓が見えていた。
古くはなさそうだが、木製の扉には植物文が精密に浮彫されている。
ウズベキスタンでは、扉の文様を見るのも楽しみの一つ。
廟内には大小4つの石棺が安置されている。
中は棺台でいっぱいいっぱい。
ドームはコク・グンバズ・モスクと似た構造。
装飾はフレスコ画
スキンチは2枚の大きなムカルナス。
四角形、八角形、十六角形から円形へと移行する。
金箔が貼られているところも
それぞれに意匠を凝らして荘厳している。
北側のイーワーン
こんなところにも一重に渦巻く蔓草と、アラビア文字、そして組紐による幾何学文。上段に並んだ角張った組紐文が大きさがそろっていない。
イーワーンの上にも一重に渦巻く蔓草が表される。
ドームへの移行部下にも、一重に渦巻く蔓草の地文の上にアラビア文字の銘文。

ここでも青いタイルの剥落がひどい。修復タイルというが、何年もつのだろうと心配。

シャフリサブスはサマルカンドよりも塩分の濃い土地なのだった。


       シャフリサブス6 コク・グンバズ・モスク
                       →シャフリサブスからブハラへ

関連項目
シャフリサブス5 ティムールの棺
シャフリサブス4 ジャハンギール廟
シャフリサブス3 ハズレディ・イマーム・モスク
シャフリサブス2 アク・サライ宮殿
シャフリサブス1 アク・サライ宮殿の門へ
ウズベキスタンのイーワーンの変遷
イーワーンの変遷

参考文献
「旅行人ノート⑥ シルクロード 中央アジアの国々」 1999年 旅行人
「ウズベキスタンの歴史的な建造物」 アレクセイ・アラポフ 2010年