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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2015年12月21日月曜日

クニャ・アルク4 モスク


クニャ・アルクにはG:モスクがあるのが、F:アク・シェイフ・ババの展望台から見えた。
それは唯一の出入り口である東門を入ってすぐ右に折れると、
平たいドームが二つある続き部屋のようなものが。
『ウズベキスタンの歴史的な建造物』は、造幣局は、税制改革を行い、関税局を設立し、金貨づくりを始めたムハマッド・ラヒムハン(1806-25)によって設立されたという。
その南側がモスク
同書は、モスクはアッラクリ・ハン(1825-42)時代に造幣局の南に建築された。モスクの冬用のホールは、非常に簡単に飾られているが、その夏用の部分は非常に絶妙に見える。2列のコラムがあるそのアイヴァンは濃紺の、緑色の、及び赤い色を塗られている。その壁、ミフラーブ、ミンバル、並びに縁にある小さい塔は絶妙の植物のマジョルカで飾られているという。
夏用モスクはアイワン部分で、これまで見てきたアイワンでは列柱は一列だったが、ここでは二列になっていて、大きな空間でもないのに、6本もの円柱で支えられている。南壁中央にミフラーブ、西壁に接してミンバルがある。
冬用モスクは、大抵夏用モスクの奥にあって、入口が南壁のどこかにあったが、ここにはない。
右端の付け柱の横にある開口部が冬用モスクへの入口だろうか。

確かに天井は、極彩色だが、謁見の間の天井とも異なっている。
日本でいうと垂木のように等間隔で丸太が並んでいる。

サマルカンド、ブハラと旅して、ウズベキスタンでは、モスクのミフラーブは西壁に造られていると思っていたが、ヒヴァでは南壁にあることに気がついた。ミフラーブとはマッカ(メッカ)を示すものなので、ブハラよりもかなり西にあるヒヴァでは、南方にメッカがあるとされているようだ。

ミンバル(説教壇)を写そうとしたが、このおばちゃんがやや邪魔。
西壁の大パネルのタイル装飾は、謁見の間のものとはまた異なった文様だ。
向きを変えてもやっぱり邪魔。
南壁西の大画面のタイルは、トルコブルーがよく目立つ。その周囲には4つの文様帯。
それでミンバルの正面から撮ると、文様の続いていない段があったりして、いまいちな修復。
幾何学文のない蔓草文様。
ミンバルの横側のタイルも新旧あるようで、色が違う。

南壁のタイル

ミフラーブ上はトルコブルーの枠の中に貼られている。
東側のパネルは写していなかった。西側のパネルと同じ文様だったのかな。

東壁
ここでも、同じ文様の大画面。
腰壁には、蓮弁のような形のものは一つだけで、他の小パネルは、植物文。

そして、付け柱と冬用モスクと思われる部屋への入口。

タイルの詳細についてはこちら


       クニャ・アルク3 アク・シェイフ・ババの見張り台

関連項目
渦巻く蔓草文の絵付けタイルの起源は
クニャ・アルクのタイル2 モスク
クニャ・アルク1 東門から入る
クニャ・アルク2 謁見の間
クニャ・アルクのタイル1 謁見の間


※参考文献
「UZBEKISTAN The Great Silk Road TOURIST MAP」 Cartographia 2009年
「ウズベキスタンの歴史的な建造物」 A.V.アラポフ 2006年 SANAT