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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2015年12月3日木曜日

ヒヴァで朝散歩1 デシャンカラに出てみた


昨日はバスの中でも眠り続け、夜は早くからベッドに入ったというのに、5時に目覚ましが鳴るまで熟睡していた。
朝になるとすっきりと目は覚めた。朝食までヒヴァを歩いてみるとしよう。

とりあえずはこのホテル、元は①モハメド・アミン・ハンのメドレセから。

部屋に窓がないので、部屋から中庭に出るとすぐに狭い階段を見つけ、上に上がるとすぐにこれまた狭い廊下があった。
その先はホテルの東の外側通路となっていた。
見えているのは昨日の夕食の会場で、②マトニヤズ・デヴァンベギ・メドレセ
目を南の方に移すと、青いドームや細長いミナレットの右の方、木々の間に、昨日見えた南門、タシュ・ダルワザの丸い双塔がプチプチとその存在を示している。
この通路はぐるりと一巡できるというものではなかった。中庭側に戻ると建物に少し朝の光が当たり出したよう。
階段の天井の形から、上にも更に階段がありそうなので行ってみようとしたが、行き着くことはできなかったので、仕方なく下に下りる。狭くて急なので、転ばないように。
南の空に少し欠けた月が残っていた。

ホテルの正面入口から出る。
この扉のレリーフも良いなあ。

③カルタ・ミナーレはまだ目覚めていない様子。
西側の方が朝日が当たり初めて、幾分明るい。

④西門(アタ・ダルワザ)の向こうにも何かありそう。

と言うわけで、イチャンカラ(内城)からデシャンカラ(城外)へ出てしまった。
左奥はマリカ・ヒヴァという名のホテル。目の前の小さなミナレットとドームは何だろう。

⑤ビカジョン・ビカというメドレセで、1894年に建てられたことがプレートでわかったが、鍵がかかっていた。
ミナレットは焼成レンガを積み上げたものだが、ところどころに小さなタイルを嵌め込んだ装飾帯や、焼成レンガでつくった文様帯などがある。
ごく稀に明かり取りの穴があったりする。
その下の木製の扉には、珍しく文様が縦に並んだ浮彫があった。
その向こうは墓地だった。現在の墓地ではなさそう。
金属の扉の上には、カランダル・ババの墓地?地図ではメドレセとなっている。
16世紀のものなので、ヒヴァの建物としては古い方。
おそらくこれがそのカランダル・ババの墓廟で、周囲には家族や慕う人たちが自分の墓を造ったのではないだろうか。

振り返るとモハメド・アミン・ハンのメドレセとカルタ・ミナーレ、そして西門がまだ微睡んでいる。

監視塔が並んだ西壁北側も、日が差さないとぱっとしない。この辺りは午後に来ないと。
まだ南側の方が色がある。
昨日通った城壁の切れ目と、メドレセの前にあるアル・ホレズミ像。9世紀の数学者とか。
彼を尊敬している人がお参りにきている。

ということは、東門を見るのは朝のうちだ!


         アムダリヤを渡ってヒヴァへ
                  →ヒヴァで朝散歩2 イチャンカラのメイン通りを東へ

関連項目
ヒヴァで朝散歩3 東門あたり

※参考文献
「UZBEKISTAN The Great Silk Road TOURIST MAP」 Cartographia 2009年