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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2016年10月31日月曜日

ドゥシャンベで朝散歩1


昨日はヴァルゾブ川沿いの道路を通り、日没後に首都ドゥシャンベに入った。その後は道路を複雑に通ってホテルに着いたので、自分が街のどのあたりにいるのかよく分からなかった。
Google Earthより

ホジャンドでは5時に起きたが7時出発だったので散歩する暇がなく、ペンジケントでは雨が降っていた。タジキスタン入国4日目にして初めて朝散歩することができた。
しかしながら、早く起きても外はまだ暗かったので、夜が明けるのを待って街に出た。
Google Earthより

泊まったホテル。
写しているのは公園側だが、まだ暗いので大通りを散歩することに。

さて、どちらに行こうか、辺りを見回すと、北西方向が三叉路になっていて、その向こうに低いがどっしりと横長の建物が立ちはだかっているのが見えた。これで決まり。

公園側に渡ったが、目の前の横長建物は、特に面白いものでもなかった。歩道を歩いていると、誰かの胸像があった。その向こう、公園内にロシア時代の建物が見えた。Google Earthの写真ではGreen Houseになっている。

青空に薄く広がる雲に朝日が当たってきた。
Bukhoro(ブハラのこと?)通りの右側先に高いビル発見。それを見に行ってみよう。

左側の角が丸くなっている建物は総合病院(Polyclinic)だった。
ウズベキスタン、キルギス、少しだけカザフと訪れたが、どの国でも病院は少なかった。代わりということなのか、薬局は多く、しかもANTIKAはあちこちにあって、キルギスなどでは24時間営業の店もあると聞いた。多分伝統的な薬草を使った薬を扱っているのだろう。
右手の高い建物はグリスタン・ツアーという旅行社。

そしてこの高い建物。ホテルだと思って近づいたら違う雰囲気。今まで地方都市を旅してきたので、こんな建物がタジキスタンにあるのが信じられない。
ルダーキー通り38番地という標識があった。

どの街にもルダーキー通りはある。ルダーキーはそれくらい尊敬されている詩人みたい。ルダーキー通りを歩こうかと思っていたが、高い街路樹のおかげで薄暗い。
帝政ロシアやソ連時代を経ているせいか、中央アジアの大きな街は、乾燥した気候にもかかわらず、街路樹や公園の樹木は高くて立派だが、暗いのは困ったものだ。

ではどうするか。
建物の真ん中が通路のようだったので、通り抜けてみた。警備のおじさんに尋ねると、ドゥシャンベ・プラザというビジネス・センターとのこと。
出たところにはロシア風の趣きある建物が。
2つのタワーを撮ろうとしたら、街路樹で隠れてしまった。

このボクター通りを歩いていく。
KAYONホテルは新しそう。
ティロン通りとの交差点。
テイロン通りはブホロ通りに抜けられない。
旧ソ連時代の古いアパートと、新しいマンション。
そして高い建物。壁面が蛇腹状になっていて、窓の外の室外機が目立つ。

ショタ・ルスタヴォリ通りとの交差点の一角には高い木々に蔦が絡まり、少し紅葉していた。
中央アジアに行けば、朝道路を掃いている人をよく見かける。この人たちはもそうみたい。
左の女性は若くて美人。
せっかくなので撮影させてもらった。スカーフもいい感じ。

ショタ・ルスタボリ通りに入る。
新しいアパートもあれば、
高いが古いアパートもあり、
まだ未入居のビルもある。

建設中の建物は、
完成するとこんな風になるらしい。
その向かい側のお店はレトロなのに、コカコーラだらけ。

その先でミルゾ・トゥルスンゾダ通りに出た。
この建物はホテルの先にあった横長の建物に続いていた。

通りを挟んで向かいには立派な建物が。
三叉路まで戻って来た。右の横長の建物は、ロシア・タジク・スラボニック大学かも。
ミルゾ・トゥルスンゾダ通りに沿って歩いているとこんな建物も。
そしてホテルに戻り、部屋の窓からも写す。 ミルゾ・トゥルスンゾダ通りとは反対側というか裏側に窓のある部屋だった。

                 再び絶景ポイント、そしてドゥシャンベへ
                     →ドゥシャンベからアジナ・テパへ

関連項目
再び絶景ポイント、そしてドゥシャンベへ