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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2017年1月12日木曜日

カンプル(カンプィル)・テパ遺跡2


カンプィル・テパ
Google Earthより

下から見上げた後は、右の谷からのぼっていく。
やっと水の流れを見つけた。
先ほど下から眺めた遺構を左に見ながら
緩やかな坂を行く。先頭のセルゲイさんはもう左に曲がろうとしている。
谷から離れて左へ回り込む。
地面を掘ったところと、日干レンガで造った建物とが混在する。
平たい焼成レンガの積み重ねも。
地図も標識もないので、ガイドなしではここまで来られなかっただろう。
地面を掘り下げた箇所もあった。
ここが上から見下ろしていた場所だった。
15世紀までは人が住んでいたので、このような土器片がいつの時代のものかわからない。埋まっていた貯蔵の壺よりも厚い。

再び谷を登っていく。
身軽なセルゲイさんはもうあんな上まで行っている。
地面を円筒形に掘ってあり、小さな穴もある。
そんな穴が他にもあって、穴に落ちないように歩いて行く。

続いて日干レンガで築いた遺構があった。

振り返ると谷の西側斜面が。ここも発掘調査されたらしいが、建物跡らしきものは不明。
上部の居住区へ。
すると、思いがけないことに、列車が通過していった。線路は遺構の間近に平行して敷かれていたが、あまり便はないようで、列車を見られるとは思わなかった。

復元された居住区を通って城壁へ。
遺跡はこの流れの西(右)側まで。城壁で守られていた。
その流れに近い方から城壁は復元されている。
この側射用の正方形のやぐら『偉大なるシルクロードの遺産展図録』より)も復元されたものだろう。
復元された城壁を上から眺める。幅約5mの厚い城壁の内部には回廊がある(『偉大なるシルクロードの遺産展図録』より)という。
兵士達が巡回していたのだろう。
その東側
城壁の上から遺跡を見渡す。中央向こうに正門や税関のあった小さな谷があった。
矢狭間のない正方形のやぐらはかなり深い。
復元されているところをぐるりと回って、
城壁の外へ。

カンプィル・テパを出発して、アムダリヤの水面が見えるところで写真ストップ。
ここは現在古テルメズと呼ばれている一帯だった。
これ
『ウズベキスタン考古学新発見』は、古テルメズの廃墟は現代テルメズの北西部に、東西7㎞にわたって不定形をなしている。この都城址は古テルメズの西端、アムダリヤの岸辺に位置する長方形のツィタデリ(内城)とシャフリスタン(城壁内の市街地)およびラバド(城壁外の住地)からなっている。それぞれの部分に強力な防壁があり、都城址の総面積は500ha以上であったという。
ファヤズ・テパ、カラ・テパ、ズルマラストゥーパなども古テルメズに含まれる。
遠くに見えているのは、古テルメズの内城(ツィタデリ、仏語のシタデルがなまったものかな)の城壁が見えている。



     カンプル(カンプィル)・テパ遺跡1←  →テルメズ考古博物館1 1階展示室
    
※参考文献
「偉大なるシルクロードの遺産展図録」 2005年 株式会社キュレイターズ
「南ウズベキスタンの遺宝 中央アジア・シルクロード」 編集主幹G.A.ブガチェンコワ 責任編集E.V.ルトヴェラーゼ・加藤九祚 1991年 創価大学出版会・ハムザ記念芸術学研究所