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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2017年3月20日月曜日

イマーム広場1 


イスファハーンの見学はまずイマーム広場から。

『ペルシア建築』は、サファヴィー朝の統治は颯爽たるシャー・イスマーイール1世(1499-1524年)の登場とともに始まった。そして数々の建築を産み出した。しかし現在では、そのほとんどがすでに消滅してしまった。
シャー・アッバース1世(1589-1627年)の治世に移ると、いよいよサファヴィー朝建築の偉大な時代が幕を開く。
同王によって首都と定められたイスファハンでは、新たなモスク、宮殿。橋梁、街路、庭園などが続々と建設され、市街地の再整備が進んだ。当時、ペルシアを訪れたヨーロッパの旅行者たちは、この都市を「世界の半分」という名で紹介し、喜々としてその美しさを書き記している。イスファハンの大メイダーン(広場)といえば、かつて軍の観閲式をはじめ、儀式的な行進や、ポロその他の競技などが催された舞台であったが、この広場は四面がすべて二層構成のアーケードで囲まれており、その焦点にあたる南辺中央には、「マスジェデ・シャーのイーワーン状の門がある。ちょうどその反対側の位置、すなわち広場の北側には、王立のキャラヴァンサライやバザールへ通ずる入口がある。また、西辺の中央部にはアリー・ガプー宮殿-王朝政府の本拠-があり、これと向かい合って、広場の東側には「シェィフ・ルトゥフ・アッラーのモスク」と称するシャー・アッバースの私的な礼拝所が配置されているという。
A:マスジェデ・イマーム(マスジェデ・シャー) B:マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラー(マスジェデ・シェィフ・ルトゥフ・アッラー) C:カイサリーエ・バザール D:アリー・カプー宮殿 E:チェヘル・ソトゥーン宮殿

朝散歩でも通ったオスタンダリ通りからのびる、この南寄りの通路からイマーム広場に入ってきた。門はない。
取り敢えず広場に入って全体を写した。
東から南方面
朝散歩で裏側から見たA:マスジェデ・イマーム(こちらの方が一般的)。現在でも、イランで最も大きなモスク。
主礼拝室のドームはタイルの張り替え中。ガイドのレザーさんは、アザーン(礼拝の呼びかけ。シーア派は1日3回)のためにスピーカーを取り付けたら、音の振動でタイルが剥がれたのだという。
まず最初にマスジェデ・イマームを見学した。近寄るとドームは見えなくなってしまう。
足場に2人いるみたい。

東から北方面
フィン庭園のような高い木々はないが、全体を見渡すのを困難にする程度に高い樹木が整然と並んでいる。
どちらにも写っているのが、B:マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラー。
マスジェデ・イマームはイスファハーンの人々の礼拝するモスクだが、こちらは王族だけのモスク。詳しくは後日

王はその向かい側のD:アリー・カプー宮殿で暮らしていた。
アッバース1世はこのテラスからポロ競技を観戦するのが好きだったという。当時は広場全面が芝生で被われていた。
現在では大きな池があり、噴水のお陰で少しは涼しいかも。この池はパーレビ1世が造ったという。
マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラー前から眺めるアリー・カプー宮殿。宮廷の女性たちは、宮殿から地下道を通ってモスクに礼拝に来ていたという。

イマーム広場を囲む二階建てのアーケード。その1階部分は、16世紀に創建された時のままの均一な区画に商店が入っている。中央に通路があって、広場の内側と外側に店舗がある。
焼成レンガの平たいドームが続いている。店舗はドーム下の尖頭アーチを支える柱と柱の間が1軒。
スカーフや七宝焼きの容器など
エナメル彩?の皿や水差し。お皿の裏は白い。
そとからの出入口と交差する付近は天井が高い。荷物や人を背負わされたラクダが楽に通れただろう。
銀製品の店
レースのような透彫。小さなものを買ってみたい気がしたが、値段がわからないし、おそらく書物やナツメヤシなど、重い土産で一杯になるはずのスーツケースの中で壊れてしまいそうなはかなさがある。レザーさんはどんどん先に行ってしまうし・・・
その通路から見えたD:アリー・カプー宮殿

B:マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラーのイーワーンの両脇からも商店街への通路がある。
この柵は自転車の通行禁止ということかな?
金属のお盆に文様を彫刻しているお店。力仕事というほどでもないのか、女性たちも作業している。
黒地にほぼモノトーンの刺繍。額縁にも細かな文様が施されているが、木の象嵌かな?


ペルシア更紗のお店
中で防染の糊付けをしているのを見学させてもらう。型木をもっと写したかった。

いろんな所を見学し、バザールも歩いて廻って自由時間となった。

まず絵葉書。アーケード南西隅中側でお店を見つけていた。
スカーフも掛けてあったが、絵葉書を買ったお店。SDカードの外側に絵葉書があって、あれこれ選んで6枚を100.000レアルで買った。袋に入れるのに手間取っていたが、ホテルで取り出したら、選んでいないものも入っていた。10枚1セットで3ドルということみたい。

イランはニンジンジュースが美味しいと聞いていたので、広場に面したお店でジュース屋はないかと探して廻った。暑い街なので、たくさんありそうなのに、なかなか見つからない。
西のアーケードから東へと池の間から広場を渡ることに。だいぶ日は傾いて涼しくなってきた。それと共に広場には人が多くなってきた。

広場の北半分
そして南半分


B:マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラーの前に行くと、青年たちがタイルに紙を貼って文様を写していた。美術系かと思ったら、建築学の学生だそう。

また広場に戻ってアーケードを眺めていると、ジュースのカップを持っている人たちを見つけた。ジュースを持ったひとが来る方向を探していて、やっと見つけたのがこのお店。アーケード巡りをしていた時に、中側を通ったはずのところだった。
ニンジンジュースはソフトクリームを入れてもらって30.000リアル=1ドル。広場で座って飲もうと、カップを持ったら、日本のカップよりも柔らかくてジュースがこぼれてしまった。
ニンジンは日本のものと違って全然ニンジン臭さがない。美味しかったので、機会があればツアー中に是非またと思ったが、他の街ではお目にかからず、残念だった。
また、まだ旅の初めなので、食品のお土産は後にしようと思ったが、イスファハーン名物は買っておかねば。イマーム広場のアリー・カプー宮殿近くにあったと思うそのお店では、ピスタチオがどの程度入っているかで値段が違った。一番多い40%は1箱25入りで6ドル。とはいうものの、右端の列が6つになっていたので、26個入っていた。
ギャズはトルコのロクム、日本で似たものと言えば求肥の食感にピスタチオなどが入っているお菓子のようなものだと思っていたが、見た目からして全然違った。それに甘さ控えめ。ただ、スーツケースの中で重い本に挟んで移動したので、だいぶ形が崩れてしまった。写真横はずっと後に買った安い方のナツメヤシ。

夜になるとライトアップされる。北側から東側へ。
続いてマスジェデ・シェイフ・ロトフォッラー。噴水は夜になっても出ている。
マスジェデ・イマームのライトアップはイーワーンだけ。大ドームはほとんどわからない。
アリー・カプー宮殿。左下の赤と青の照明がなければいいのに・・・
噴水の向こうから。
この日は都市間の大移動がなかったので、たくさんの歴史遺産を見学し、その合間にイマーム広場に戻るということの繰り返しだった。
ライトアップ見るので、その間にはホテルに戻って休憩時間もあった。眠ることはないだろうとベッドに横になっていたら、本気で眠ってしまい、テレフォン・コールに驚いて目を覚まし、集合時間にぎりぎり間に合った。

  イスファハーンで朝散歩←      →マスジェデ・イマーム1

関連項目
イマーム広場2 カイセリーヤ・バザール
マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラー
マスジェデ・イマーム2

※参考文献
添乗員金子貴一氏の旅日記
SD選書169「ペルシア建築」 A.U.ポープ 石井昭訳 1981年 鹿島出版会