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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2017年6月26日月曜日

シーラーズで朝散歩


ホテルはシーラーズの中心部にあったので、時間の許す限り歩いてみることにした。
Google Earthより


ホテルの外を出ようとすると、近道となる東側の門は閉まっていて、西の方(目立たないが正門)から出て行った。
カリム・ハーン大通りに出て右側には屋根付きの歩道橋が。
左手に向かう。
ショハダー広場は人影も車もまばら。
ホテルのベランダからも見えたカリム・ハーンの城塞
壁に沿ってあるいて南の円塔まできた。この塔は傾いているんですけど・・・
歩道が段々広くなってきて、車は通らなくなった。

ナザール庭園(パールス博物館)は小さな建物だった。
『地球の歩き方』は、広大な庭園を従えたこの建物は、ザンド朝時代には、迎賓館の役割を果たしていた。その後遺言どおりキャリーム・ハーンの廟として使用されたという。
八角形の建物の随所にタイル装飾がある。
ザンド朝時代(1750-94年)の絵付けタイル。花が咲き乱れ、小鳥がさえずる天上の楽園が表されている。ピンクなどの色は、前のサファヴィー朝期にはなかった。 
こちらは生命の樹と一対の鳥。ほぼ左右対称。
珍しく軒がある。しかも木製。
水槽らしきものが置かれている。12本の付柱の間の面には隙間なくペルシア語で記されている。。脆い石材のようで、かなり摩耗している。

通りを歩き続けて、タイル装飾とステンドグラスの装飾のある建物の角で右に曲がってみた。
突き当たりにモスクがありそう。
ドゥ・ミナーレが低いのは、シーラーズの特徴なのだとか。
近づくとミナレットはピーシュターク(門構え)に隠れて見えなくなった。ほぼ絵付けタイルに覆われている。

マスジェデ・ヴァキール北側入口
『地球の歩き方』は、花や木などを写実的かつ文様状に描いた彩色タイルで美しく装飾された、ザンド朝を代表する寺院建築。特に北側エイヴァーンは「真珠のアーチ」と称されるほどの美しさだという。
このイーワーンのことだが、『GANJNAMEH6』は、壁面装飾は完了しないままになっていた。北イーワーンには1827年の銘があるというので、カージャール朝期のタイル装飾ということになる
それにしても、イーワーンの両脇にZOLLANVARIというお店のシャッターがあるのが何とも言えない。ライオンが可愛いけど。
このような商店やバザールからの収益からワクフを得て、このモスクの維持管理費することになっているのだが。
そう思っていたところ、「GABBEH is ZOLLANVARI」というチラシが入った。それには、ゾランヴァリ社はイランのシーラーズを拠点に、ギャッベを初めとする遊牧民の織物を数多くプロデュースしていますとあった。あの独特の文様を織り込んだ遊牧民の絨毯ギャッベの店だった。
イーワーンのムカルナス。
真下から見上げる。
ムカルナスの曲面には、サファヴィー朝期のイーワーンのような変化があまりない。
側面のパネルには、バラの花が表されている。これはサファヴィー朝にはなかった。
マスジェデ・ヴァキールの壁に沿って移動するとまたドゥ・ミナールが見えてきた。
その続きの壁から妙なドームが。内部の照明の機材が取り付けてあるのかな。
マスジェデ・ヴァキール三次元投影図(『GANJNAMEH6』より)
礼拝室の列柱は斜めに畝があり、柱頭は浅浮彫で何かの葉を表しているみたい。

周辺の商店街もまだシャッターが降りているし、
ヴァキール・バザールへの入口も閉まっているので、先ほどの通りへ戻った。
しばらく東の方をウロウロ。整備された歩道はなくなり、駐車スペースのある道路となった。
モスクでもないのに、ムカルナスのあるイーワーン発見。木枠の上にあるところが面白い。
歩き続けると、下から騒音が聞こえて来た。その先で行き止まりになっていて、車が地下へ入ったり、出たりしている。どうやらショハダー広場の西からここまで道路は地下に潜っていたらしい。
戻っているとマスジェデ・ヴァキールのイーワーンが朝日に染まっていた。
その先の歩道は公園のように整備されている。

カリム・ハーンの城塞も色付いて写真を撮るには良いのだが、
あまりにも長いので1枚に収まらない。
それにしても、記念写真用の人型といい、大きな壺形の植え込みといい、遊び心に溢れている。
小さな入口は閉まっている。8時から見学できるらしい。
その前には絨毯を運ぶ人と、絨毯の上で遊ぶ子供の像。
入口上のタイル画。2本角のあるのは悪魔?それを退治しているのはカリム・ハーン?
カリム・ハーンの城塞をGoogle Earthで見ると、周壁の中は樹木の茂る庭園となっている。ザンド朝時代(1750-94年)は宮殿だったらしい。

ミナレットの焼成レンガによる装飾。やっぱり古いものにはかなわない。
裏側を通ってみる。
古い住宅が残っていた。窓には色ガラスも嵌め込まれている。
レトロな地区にはレトロなバスが似合う。
この二階も古いまま残っている。雪国の雁木のように庇を支える細い柱が何本もある。
横を向いている間に写させてもらった。

あまり人通りがないのに、この店だけ人の出入りがあると思ったらパン屋だった。
このお店のパンは薄くて大きい。
白髭のおじさんは、パンでもナンでもなく、ヌンだという。
少し歩くと、昨日シーラーズに入ってきた時に通ったヘラット通り。
城塞の北円塔
先ほどのパン屋を振り返ると、もっと客が増えていた。そしてパンを買いに来るのは決まって男性だった。

ホテルの裏門(車が出入りする時だけ開けるらしい)は相変わらず閉まっていたので、遠回りしてホテルに戻り、朝食をいただく。
これは先ほどのパン屋のとは違って、一番分厚い(ということは乾燥しにくい)パン。
何故かミルクと頼むと、こんな器で熱いものを持ってきてくれる。それに酸っぱいチーズ、その上ヨーグルト。2種類のオムレツも。

朝食後、部屋から庭を眺める。
左手にカリム・ハーンの城塞。バードギール(採風塔)はシーラーズでは珍しい。
もう少し右の遠方にシャー・チェラーク廟の独特のドームが。
『イスラーム建築の見かた』は、彼はシーア派、8代イマーム(指導者)の弟で9世紀に没する。19世紀に再建されたドームで、大きく膨らんだ曲線を見せる。墓室内は鏡細工で覆われているという。

パサルガダエ(Pasargadae)3 キュロス2世の墓
                  →シーラーズ マスジェデ・ナスィーロルモルク

関連項目
ザンド朝とカージャール朝の絵付けタイル
シーラーズ ハムゼ廟とバザール

※参考文献
「イスラーム建築の見かた」 深見奈緒子 2003年 東京堂出版
「GANJNAMEH6 MOSQUES」 1999年