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中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2015年12月7日月曜日

ヒヴァで朝散歩2 イチャンカラのメイン通りを東へ


ヒヴァのイチャンカラ(内城)は城壁に囲まれ、東西南北に門がある。
西門や西壁は、外から見ると日が差していないので、よくは見えなかった。それなら東門の方を朝のうちに見ておこうと、メイン通りを東へ向かうことに。

③カルタ・ミナーレはタイルの青い色がやっとわかるようになってきた。
ミナレットは大抵付属する、というよりもメインのモスクやメドレセの2階から橋のような通路を通って入り、上に登っていく。①モハメド・アミン・ハンのメドレセの中にあるモスクへの礼拝を呼びかけるアザーンのための建物。

少し進んで振り返る。朝日に染まっているが、タイルの文様がよくわかる。
右手の壁は⑥クニャ・アルク(古い宮殿)。
その前方左には⑦シェィフ・ムフタル・アタのモスク。正方形、八角形、十六角形?いやもう一段八角形があってドームがのっている。
右にはカフェのようなものと、その向こうの建物の木の枝でつくった看板「MURZA B&B BOSHI」とある。
この看板で面白いと思ったのは、「si」ではなく「shi」となっていて、日本語をローマ字で表したみたいな親近感がわく。きっとウズベク語の発音も、日本の「し」みたいなのだろう。
向こうに見えるのはジュマ・モスクのミナレット。
左側は植え込みが続くのだが、おじさんが箒で道を掃いているのを撮らせてもらう。
右側はミルザボシの続き、ジュマ・モスクとの間には、⑧カズィ・カリヤン・メドレセ(1905年)がある。
入口は一つで、左右に一対のドーム。
門には音楽博物館というプレートがあり、イーワンの下の扉は、やっぱり木製で浮彫がある。
その向こうに⑨ジュマ・モスクとミナレット。
ジュマ・モスクの手前にこんな植え込みがあった。
その向かい側には、⑩マトパナ・バヤ・メドレセ、
⑨やっとジュマ・モスクまで来たというのに、ミナレットは日が当たらず、くすんでいる。
壁の向こうに見えるのは、ヒヴァで一番高いイスラム・ホジャのミナレット。
ジュマ・モスクの角からイスラム・ホジャのミナレットを眺める。
道が突然狭くなった。
右⑪アブドラ・ハン・メドレセと、左の⑫クトゥルグ・ムラド・イナク・メドレセの壁が道路にはみ出している感じ。ウズベキスタンでは樋が外に突き出ているのは民家もメドレセも同じだ。
ここで後ろを振り返る。
カルタ・ミナーレに日が当たってきれい。ジュマ・モスクのミナレットにも当たっているのに、何で写さなかったのだろう。
この先は階段になっている。
⑪アブドラ・ハン・メドレセのファサード側と、
⑫クトゥルグ・ムラド・イナク・メドレセのファサード側
このミナレットは焼成レンガでできているが、浮彫になっている。
その奥が⑬タシュ・ハウリ(新しい宮殿)の壁。
そして向かいには、まだ日の当たらない⑭アラクリ・ハン・メドレセ。

        ヒヴァで朝散歩1 デシャンカラに出てみた
                               →ヒヴァで朝散歩3 東門あたり

※参考文献
「UZBEKISTAN The Great Silk Road TOURIST MAP」 Cartographia 2009年