お知らせ

イスタンブールを旅してきました。目的は、ミマール・シナン(正しい発音はスィナン)の建てたモスクやメドレセ・ハマムなどや、ビザンティン帝国時代の聖堂の見学でした。でも、修復中のものもあり、外観すら望めないところも多く・・・ 詳しい事柄は忘れへんうちにに記事をのせます。

2017年1月26日木曜日

キリク・クズで見たかったものと日没後のスルタン・サオダット廟


キリク・クズ遺跡で夕日を太陽の沈むのを見たのは周壁の上、正しくは南西の監視塔からだった。
監視塔は平たい日干しレンガなのでオリジナルだが、階段がなくなっているので、監視塔内部からは上がって来られない。

これでキリク・クズが見学を終わっては困る。この目で見たいものがあったのだ。それは、ウズベキスタン歴史紀行⑦テルメズ・その他の遺跡、博物館などという4トラベルの杏樹さんの記事で、見た壁面だった。
この遺跡のどこかにあるはずのその壁面をセルゲイさんはわからなかった。
セルゲイさんは、遺跡で遊んでいる青年の一人に、私家版ガイドブックに印刷したその写真を見せて、訪ねてくれた。
さすがに小さい頃から遊んでいた場所。すぐにわかったようで、連れて行ってくれた。
入り組んだ通路を歩いて行った。
他の仲間たちは、写真を写しながら進む私よりも先に到着していた。

それは、西南側に残る部屋の一つだった。
部屋の二隅にスキンチがある。杏樹さんの写真を見た時はドームだ!と思ったが、ヴォールトかも。
右隅。スキンチは下部を三角形に出して隅で尖頭アーチをつくり、その上には√2の一辺ができている。やっぱりドームがあったのかな。
左隅のスキンチ
振り返ると、西壁にセルゲイさんと若者たちがいて、西壁の方も同じような造になっていた。
東西のスキンチとその間の壁面を無理矢理パノラマ合成。

セルゲイさんの頭のうえにあるスキンチ。
その左側にも三角形の出っ張りが。ここにもスキンチがあったのだ。
しかし、これでは4つのスクインチの上には八角形、円というドームへと導く形が描けない。途中に長いヴォールト天井があるのだ。
それは、細長い窓の並ぶ尖頭ヴォールトの部屋の両端が半ドームだったことを示していたのだった。

遺構から出ると、一筋の雲が虹のように空に架かっていた。
北門から出て行く。
Look!
セルゲイさんが指さした先には尖頭アーチがかろうじて残っていた。
若者たちも帰って行く。

続いてスルタン・サオダット廟へ。
Google Earthより

また集落の中を走って、スルタン・サオダット廟が見えてきたところで、セルゲイさんはタクシーを停めた。木々の間から墓廟群が見えている。もうかなり暗く、ここで写した写真はほぼピンボケ。
廟がピーシュターク(門構えと勝手に呼んでいる)やドームのある、ウズベキスタンではお馴染みのタイプであることくらいは分かった。
参道に入ると、さっきの廟群がみえてきた。
サオダット廟群の北側が見えている。

墓廟群を回り込んで、東側でタクシーは停まった。

日は落ちて、どんどん暗くなっていく。これでも明るく編集している。
奥にタイル張りのピーシュタークが見えている。中央アジアの多くのモスクや墓廟がそであるように、かなり最近に再建または復元されている。
左手の廟。扉は開いているが・・・
奥右側には小さな廟がある。
奥左側。こちらの方が大きい。
そしてピーシュタークのある正面
セルゲイさんは中に入ろうとしているが、もうカメラ撮影はできない。ビデオの夜間撮影で内部を写す。
たくさんの墓石が並んでいる。
今まで見てきたように、地上にある墓石はお参りするためのもの。実際には地下の同じ場所に棺が安置されている。
照明のない上部は、いくら白く塗られているといっても、それなりの高さがあるので鮮明には写らない。四隅にスキンチがあって、その上で八角形となり、ドームが架けてあるという程度にしかわからない。
というところでスルタン・サオダット廟の見学は終了した。この墓廟群に来たいと思ったのは、杏樹さんの記事で「サーマーン朝時代から続く墓廟とあったからだった。別のサイトには11-15世紀とある。時代についてはセルゲイさんはあまりはっきりとは言わないのであった。

翌朝、ウズベキスタンの首都タシケントへと移動することになっていた。
セルゲイさんはいつものようにせかせかとやって来て、なんと、空港に行く前にキリク・クズに寄りましょうと言った。
誰も反対しなかったので、またキリク・クズに行けることになった。
またあの道かと思っていたら、バスは反対方向へと走り始めた。そして、検問所もなく、キリク・クズに着いたのだった。
前日は写真だったので、この日はビデオ撮影をした。そしてセルゲイさんは、キリク・クズが、40人のアマゾネスという意味で、古テルメズの富裕層の夏の別荘であること、一階が20室、2階も20室、合計40室あったと、やっと説明してくれたのだった。


 キリク・クズ遺跡←   →ハムザ記念芸術学研究所1 ハルチャヤン宮殿遺跡の出土品

参考サイト
4トラベルの ウズベキスタン歴史紀行⑦テルメズ・その他の遺跡、博物館など