お知らせ

中央アジア各国の旅行記が完成したので、西アジアのイラン旅行をまとめています。
その中で気になるものについては、忘れへんうちにに記事を載せていきます。

2016年9月12日月曜日

ソグド州博物館1 ホジャンドにアレクサンドロス大王が


展望所から公園の通路へ歩いて行く。
Google Earthより

右側には日干しレンガの城壁が残っていた。
上の方のレンガの一つ一つが分かるのは12世紀のものだが、下の方のほぼ土に還ったようなものがアレクサンドロス大王が造ったものだという。
アレクサンドロス大王が東方遠征してこの町にもやってきて、町の名を「アレクサンドリア・エスハータ」に変えたのだった。
このアレクサンドリア・エスハータは、最も近いギリシア人居留地から300㎞も来たにあり、ソグド人たちに囲まれていたので、ギリシア人は6㎞に及ぶ城壁を20日間で築いたのだという。
上の方まで日干レンガが土に還っているような・・・
この辺りはアレクサンドロス大王時代のものかな。
下の方は現在の焼成レンガで補強されている。
古くないと言われても、日干レンガの痕跡のあるところを探してしまう。

やがては現在再建された城壁だけになり、
その先の角はこんな風になっていた。
ソグド州博物館の入口だった。
中央アジアらしく、木製の扉は細かな浮彫がみられる。

まず地下に下りると、壁一面には新しそうな色大理石ク画があった。中央の床には地図が同じようにつくられていた。
壁面はアレクサンドロス大王の生涯が展開している。
アレクサンドロスは黒い馬に乗っていたというが、少年時代からずっと同じ馬だったのかな?
少年時代は、かのアリストテレスに教えを受けた。たぶんその場面。

1階には何故かアケメネス朝の遺跡、それもペルセポリスが描かれている一角が。
この地にはアケメネス朝ペルシア時代があったというが、アレクサンドロスに焼き払われるまではこんな廃墟ではなかったはず。
それとも、アケメネス朝時代の遺跡を描くことによって、この地がアケメネス朝ペルシアのサトラップ、ソグディァナだったという歴史があることを示しているだけ?
それにしても、小さなラマッス(人面有翼牡牛像)があったり、
その頭部だけがあったり、
馬の柱頭の一部があったりする。
ソグド州から出土したものではなく、コピーだそう。
この地にはアレクサンドロスが城壁を築いたが。それまで住んでいた人々の町は廃墟となったことを表しているのかも。

            ホジャンド市内
                   →ソグド州博物館2 ゾロアスター教からイスラームへ